ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni, 1475-1564)は、フィレンツェ共和国カプレーゼに生まれた。大理石採石場を経営する父の元で育ち、10歳代前半にすでに際立った画才を発揮していたミケランジェロが、成人してルネッサンス芸術を牽引する彫刻家として活躍することになるのは、無理のない成り行きだった。パトロンであったメディチ家の興隆と没落、ローマ教皇庁の庇護と代替わりなど紆余曲折があったにもかかわらず、突出した才能のおかげで大作の依頼が止むことはなかった。現存する作品群も『ダビデ像』や『ピエタ』、システィナ礼拝堂天井画および壁画、各地の礼拝堂建築など、どれもが傑作とされる。
今回はそんなミケランジェロの素描群から、特徴的なものを選び、『ミケランジェロ素描集』(A4判全カラー・32頁)にまとめてみた。その編集作業で多数の素描を眺めるうちに、職人として黙々と作業を続けるミケランジェロの姿が浮かび上がってくる。
ミケランジェロの素描は私たちに語りかけてこない、というのが正直な感想である。憂いをおびた眼差しをこちらに向けてくれるような作風ではない。有名なシスティナ礼拝堂の天井画も、彫刻家を自認しているのに壁画を依頼されてしぶしぶ応じたものだからなのか、登場人物たちは私たちに媚態を売ってはくれない。人物画が圧倒的に多いのにもかかわらず、ちっともこちらを向いてくれないのだ。だから、ミケランジェロの絵画作品を眺める時はなんだかもどかしく、いつも消化しきれない感情が残る。

考えてみれば、これには理由がないわけではない。ミケランジェロの素描は、あくまで彫刻や壁画をこの世に送り出すための小道具だった。紙の表裏両面に天地を無視したスケッチを書きなぐり、さらにせっかく描いた人体画の上に構わずメモ書きをする。署名もない。端から「何かを鑑賞者に伝えたい絵」でもなければ、感情表現でもないのである。強いて言えば理想の追求である。様々な彫刻の下絵群からも、システィナ礼拝堂の天井を埋めつくす『天地創造』の聖人の下絵群からも、「理想的人体像」を追求するミケランジェロの姿が垣間見える。ところが、そうして追求したミケランジェロの肉体美は、なかなか世俗的なのだ。この逆説的着地点が彼の作品に重みを加える。非常に面白い。そんなわけで今回の企画では、ミケランジェロのそっぽを向いたような素描群をながめながら、「よう描いてくれました」とありがたがって作業をすることができた。
※『ミケランジェロ素描集』(A4判全カラー・32頁)2025年8月1日発行
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関連動画はこちら☟
ミケランジェロ:システィーナ礼拝堂天井画と下絵(1080pHD、拡大して大画面でご覧ください)
(6 Jul 2025、5分05秒、YouTubeより。画面右下の▢で大画面になります)














