テネブリズムはロウソクなど単一の光源を使い、明暗のコントラストで主題を浮かび上がらせる画法。流派や様式を分類する概念ではないが、17世紀のイタリアやオランダで多くの画家に用いられた。代表的な作家としてカラヴァッジョやレンブラントが挙げられ、他にもこの技法を駆使した画家は地域や時代をこえて散在する。
『愉快な仲間』、1623年、ヘラルト・ファン・ホントホルスト作
たとえばオランダ出身の画家、ヘラルト・ファン・ホントホルスト(1592-1656)の『愉快な仲間』という作品では、テネブリズムの効果が最大限に生かされている。おしゃべりをしている男が傾ける酒壺の向こう、画面中央左寄りに光源のロウソクがある。その光で豊かな胸が照らしだされた若い女性は、リュートを奏でている。画面で一番明るいところには開いた書物があり、その手前には酒が注がれているグラス、脇にトランプとサイコロが散らばる。男はサーベルを腰にぶらさげ、派手な羽飾りのついた帽子をかぶっていて羽振りがよさそうだ。いっぽう左端、地球儀の後ろに見える赤ん坊を抱いた老女は暗闇にいる。この老女と若い女性のモデルは、ホントホルストの他の作品にも登場するので比べてみよう。
『女衒』、1625年、ヘラルト・ファン・ホントホルスト作
『女衒』というタイトルのついた上の絵画では、女性は二人とも『愉快な仲間』と同じモデルだ。若い女性のほうは楽器や服装にいたるまで、前出の作品と同じである㊟。そして、女性がリュートを持っているのは性に関する職業を示しているのだそうで、娼婦斡旋屋の一場面を表わしている。だから後ろ向きの若者は財布を握りしめているのだ。ここでも光源は真ん中のロウソクのみで、女性の豊かな胸元を照らし出す一方で、老女には下からライトをあてて狡猾な表情を浮き上がらせることに成功している。このように、テネブリズムは人物画で特に威力を発揮できる優れものである。
㊟資料によると2つの作品の製作年には2年のギャップがあるが、この同一モデルの扱いからみて少し疑問が残る。
ホントホルストをはじめとするオランダ出身の画家たちは修業先のイタリアで、テネブリズムの元祖ともみなされるカラヴァッジョの影響を強く受けた。現代人の目には「凝った技法」だと映るかもしれないが、実はそうでもないんではないか。17世紀には電気がなかったので、夜の生活はどこもこんな風だったはずだ。台風などで停電になった夜を想像してみてほしい。庶民は部屋に一本のロウソクを立て、できることをこなす。揺れる薄灯りのまわりに小さく集まって、食事や賭け事を楽しむ。カラヴァッジョやレンブラントの描いた光景は、「聖書の物語を当時のスナップショットで味付けしてみた」、みたいなもので、人々はそれを現代人が写真を見るような気分で楽しんだのではないだろうか。
以下にテネブリズムを駆使した画家たちの作品群からほんの一部、31作品をを集めて動画にしてみたので、楽しんでいただけるとありがたい。ついでにカラヴァッジョの作品に特化した動画もどうぞ。
《とりあげた画家》
Georges de La Tour, 1593–1652, ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
Matthias Stom, 1600頃–1652頃, マティアス・ストム
Gerard van Honthorst, 1592–1656, ヘラルト・ファン・ホントホルスト
Artemisia Gentileschi, 1593– 1656頃, アルテミジア・ジェンティレスキ
Michelangelo Merisi da Caravaggio, 1571–1610, ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ
Hendrick Jansz ter Brugghen, 1588–1629, ヘンドリック・テル・ブルッヘン
Simon Vouet, 1590–1649, シモン・ヴーエ
Rembrandt Harmenszoon van Rijn, 1606–1669, レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン
テネブリズム(Tenebrism、明暗対比画法)
(2024年8月1日、7分41秒、YouTubeより。画面右下の▢で大画面になります)
カラヴァッジョ (Michelangelo Merisi da Caravaggio,1571-1610)
(2023年12月30日、5分37秒、YouTubeより。画面右下の▢で大画面になります)












