現在、英国人口の4分の1におよぶ1500万人もの人々が、貧困ライン以下の生活を強いられている。失業率は3.8%という記録的な低さであるにもかかわらず、何百万人もの人々が働く貧困層であり、日々の支払いすらできないという状態なのだ。社会保障制度は崩壊していて、福利厚生はこの10年間で50%も削られている。その結果、社会の不平等は拡大し続けて戦後最大になり、公的援助を失った弱者は文字どおり痩せ衰えて死んでいく。こうした政府の無策を受けて、国中のあちこちに相互援助のコミュニティーが出現し、市民たちが自主的に支えあうようになった。DW(Deutsche Welle)制作のドキュメンタリー、『英国の貧困:なぜ何百万の英国人は無一文なのか』(Poverty in Britain: Why are millions of Brits so broke、2023年7月放映)は彼らの日常にカメラを持ち込み、感情移入を避けた語り口で淡々と紹介する。スープキッチンがあちこちにでき、心ある市民が支え合って生きる姿は今日の日本とも重なり、観る者に激しく訴えかけてくる。
David Cameron announces his resignation as Prime Minister in the wake of the UK vote on EU membership. (licensed under the United Kingdom Open Government Licence v3.0) ユニバーサル・クレジットを導入したデビッド・キャメロン首相(当時)
1.レイトン・バザード
ロンドン中心街から北西に車で40分のところにあるレイトン・バザードは、人口38,000人のベッドタウンだ。この一年で食品価格は14%急騰し、人々はインフレに苦しんでいる。市場にやってきた共働きの若夫婦は、野菜の値段を慎重に比べながら買い物をする。彼らは持ち家もあり、会社でも責任ある地位にある中流世帯なのだが、最近は暖房費のためにかなり節約をする必要があるのだそうだ。一時にひとつの部屋しか暖房しないことにしたので、朝の1時間だけダイニングキッチンを暖房しておき、夫はそこで仕事をする。だから、赤ん坊の部屋は冷えてしまう。産休も無事に終えた妻は職場に戻りたいのだが、ベビーシッターを雇う費用はない。彼女の姉も同じ状況なので、2人とも仕事をパートタイムに変更し、互いの子供をかわりばんこに世話し合うことにした。彼女はいう、「私たちよりはるかに厳しい状況の人がたくさんいるの」。中流階級でさえこうなのだから、労働者階級の世帯はもっと深刻である。
2.ブラックプール
英国北西部にあるブラックプール。エッフェル塔のレプリカや海岸沿いの遊園地が有名で、19世紀から労働者のリゾートとして親しまれてきた。だがここも不況の影響からは免れられないので、路地に迷い込むと閉店したカフェや荒廃したままになってるホテルの風景などが見られる。そして年中行事の花火大会が終わると、きびしい冬の到来だ。これが6か月続く。現在、ブラックプールには何千人ものホームレスが住んでいて、行き場を失っている。彼らを助けているのは民間のスープキッチンだけだという。
レストランを営むマーク・ブッチャーは週2回、ホームレスに無料で食事を提供している。寒い午後、防寒着に身を包んだ人々がドアの前に並んでいる。マークのいうには、「今日ここに来ているのは町全体の10%ぐらいの人々だ。ホームレスになりそうな人々に食べてもらう。金が足りなくて賃金を待っている人や、電気代が高すぎて食事代が出ない人が他にもいる」。簡易宿泊所に暮らす子供連れがやってきて、おいしそうにピザを食べている。公的援助が何もないため、マークは自分で相互扶助の仕組みをつくった。普段の営業日にやってくるお客さんは、自分の注文以外にホームレスのためにピザ1枚分を余分に支払うことができる、というものだ。だからチャリティーの日にやってくる人々のピザ代金は、見知らぬ人々が支払っている。この仕組みが非常にうまくいき、今では無料の食事を利用する人々は毎週400人にのぼり、マークのスープキッチンはブラックプールの主要なチャリティーとして機能している。「僕がこれをやらなきゃ、みんながひもじい思いをするんでね。肩に重くのしかかっている任務だな、ハハハ」。マークと仲間たちは、ホームレスへの食料袋配給も始めた。
3.アシュトン・アンダー・ライン
実はこれはブラックプールだけの問題ではない。英国全体を見渡すと、900万の人々と400万の児童が食事を満足に取れない状態にある。マンチェスター郊外の約43,000人が住む都市、アシュトン・アンダー・ラインはかつて綿織物産業の中心地だったが、産業の空洞化に直撃された。
2013年に当時の首相、デヴィッド・キャメロンが導入した新しい生活保護制度、「ユニバーサル・クレジット」(注)が最初に試されたのがこの地である。この新システムの犠牲になり、抗議を続けているジャーナリストで地域活動家でもあるシャルロッテ・ヒューズの話は、ケン・ローチの映画にも登場する。彼女の娘が妊娠6か月になった時、ジョブセンター(公共職業安定所)は「生活保護給付に必須である無償労働に参加しない」という理由を持ち出し、保護の給付を止めてしまったのだ。以後8年間、シャルロッテはジョブセンターの入口でチラシを配布し続けている。やってくる失業者の中には、「呼び出しの電話に1回出られなかっただけで、支給を止められた」、と怒る人もいる。杖をついている青年は、「僕は椎間板が腫れてて足も骨が砕けている。この3年間、週43ポンド(約8,000円)だけで生きているけど、自活は無理だよ」と嘆く。人々が働ける状態になるように医療をつなげる、という発想がないのだ。
(注)ユニバーサル・クレジットは、それまでの複雑な社会保障制度を簡素化するという目的で導入された。「所得補助・児童税額控除・就労税額控除・住宅手当・資力調査に基づく求職者給付・運用支援給付」という6つの主要給付を統合し、それまで隔週給付であったものを月1回給付に、実施主体は雇用年金省に一本化、受給者はオンラインで手続きをする、などの変更があった。受給者がコンピュータを扱えなくてはならない点、1ヶ月分の金額を自己管理しなくてはならない点などが問題とされた。また、給付率の上昇率を小売物価指数ではなく消費者物価指数に連動させるなど、最貧困層にとって受給減につながる問題もあった。
4.見捨てる政治と貧困化
実際、ユニバーサル・クレジットがアシュトン・アンダー・ラインに導入されてからの10年で1,500万人が貧困ラインに落ち、家族児童手当だけを見ても44%も削減されている(2010年/2018年比)。英国全域でのフードバンクの数は10年前には全国で数えても50ぐらいだったのが、今や2,800以上に急増してしまった。マーク・ブッチャーのレストランもそのひとつにすぎないのだ。だが、この政府の失策を民間が補っている状態を、デビッド・キャメロンは「大きな社会」と表現して讃えた。「大きな社会とは、文化的に大きく変化している社会のことだ。そこでは常に役所や自治体や政府に問題への回答を求めに行くのではなく、人々の日常の中で、隣人同士で、職場で自由に、そして力強く自分たち自身と共同体を助け合っていくのだ」。政治家の役割放棄にしか聞こえないが、日本の政治家たちも似たような考えなのではないかと危惧する。
5.凍えるか飢えるか
英国はとても寒い国だ。社会保障制度にたよらざるをえない社会的弱者にとって、日常は非常に過酷である。低所得者は限られた生活費のなかから暖房と食事の二者択一を迫られる。これを「heat or eat」という。暖房に使う電気代は鍵のついたプリペイド・メーターで支払う仕組みになっていて、現在、英国中で400万世帯に導入されている。例えば20ポンド買うと4日ぐらいもつ。それを使い切ると電気は、夜中だろうが調理中だろうが自動的に止まる。近所の雑貨屋にメーターの鍵を持って行き、10ポンドとか20ポンドを購入する。これをメーターに差し込むと、また電気が使える。従来の電気代より10%ほど割高なのだが、貧困層には選択の余地がない。こんな生活だから、健康上の問題を抱える者も多い。ジャック・ロンドンが『どん底の人々』(1903年)で暴露した世界が、そのまま現代によみがえっているような英国の惨状を告発するドキュメンタリーである。最近の英国では庶民はこんな暮らしをしている、ということを記憶に留めておきたい。以下に無料で公開されているので、ぜひご覧になっていただきたい。
『英国の貧困:なぜ何百万の英国人は無一文なのか』(Poverty in Britain: Why are millions of Brits so broke、2023年7月放映、英語)
Poverty in Britain - Why are millions of Brits so broke? (DW Documentary、42分25秒、YouTubeより。画面右下の▢で大画面になります)
👇オリジナル動画のURLは👇
https://youtu.be/BK68yyrKUOA?si=Ufup6hf1oPsgMWOS













