
グンダーマンはワイマールに生まれるが、少年時代に炭鉱の多いコットブス地方に家族とともに移り住む。義務教育終了後、国防軍(National Volksarmee)に入隊して合唱隊に参加するも、上官の前で歌うことを拒否したため除隊処分となる。地域に戻ってきた彼は1975年、ホイエルスヴェルダの露天掘り炭鉱で巨大な掘削機の運転士として働くことになる。歌は続けていて、仕事や日常のことを歌うシンガー・ソングライターとして人気者だったが、演奏を生業にはしないという姿勢を貫いていた。この頃、シュタージ(Stasi=国家公安局)から「西側のミュージシャンとギグをさせてやる」と声をかけられ、情報員として正式に登録する。暗号名はグリゴーリ。私生活ではバンド仲間の妻でヴォーカルのコニーを忘れられず、彼らの家をたびたび訪ねてはちょっかいを出し続ける。最終的にはコニーと子供たちの家にグンダーマンが引っ越し、コニーの元夫がグンダーマンの住んでいた部屋に引っ越すことになる。夫が入れ替わったわけだ。
1977年にはSED(ドイツ社会主義統一党)の準党員になるが、「君のようなふるまいをする人間が社会主義を崩壊させるんだ」と非難されて党を除名されそうになる。裏の生活ではシュタージへの情報提供が続いていて、「ハンガリーに出向いてそこで活躍している反体制派の男を東ドイツに連れてきてほしい。逮捕したいんだ」などという依頼にも応じるようになる。炭鉱の掘削現場では、事故で仲間が死亡してしまう。それはグンダーマンがずっと主張していた労働安全へ向けての改善策がなされなかった結果だった。彼は怒りをエネルギーに歌を作り続けた。
さて東ドイツが崩壊した後、グンダーマンは自分がシュタージのスパイだったことを周囲に告白し始めた。友人の家に行って、「あのう、実は君のことシュタージから聞かれてしゃべってたんだ」という。「何をしゃべったんだ?」と驚く相手に「何を言ったか覚えてないけど、良いことを言っておいたよ」というグンダーマン。気まずい沈黙の後、友人がにわかに笑い出す。「いやね、僕もシュタージのスパイだったのよ。で、彼らは君のことにかなり興味があって色々調べて報告させられたよ」。
少し前にやはりシュタージにまつわる悲劇を描いたドラマ映画、『善き人のためのソナタ』がドイツで公開されて大変評判になったことがある。私も感動してDVDで繰返し鑑賞した。だが旧東ドイツの人々は、「実際はちょっとちがってたなあ」という印象をもっているらしい。そうした温度差へのひとつの答えがこの映画だろう。
さて、物語は続く。グンダーマンはベルリンにあるシュタージ記録保管局(Stasi-Unterlagen-Behörde)を訪れ、自分に関する資料の存在を確認しようとする。一般的には「通報者」と「犠牲者」のファイルがあるのだが、彼の場合は「加害者」(taeterakte)というファイルに”グレゴーリ”というコードネームで分類されていた。このことを発見した担当官の表情が急に厳しくなる。「いやちょっと会話をしただけなんだ」というグンダーマンに、「裏切りは裏切りだ。あんたのファイルは加害者のしかないが、おそらく犠牲者側のファイルもあるだろう。帰ってくれ!」とけんもほろろだ。それでもなお理解できないという表情で無邪気に質問するグンダーマンの鈍感さもすごい。
グンダーマン:なぜ加害者ファイルは閲覧できないの?
担 当 官:マジか?私たちは被害者に対して義務を負ってるんだ。シュタージに迫害され、監禁され、脅迫されて生涯トラウマを負うだろう被害者に対してだ。頼むから今すぐ帰ってくれ。
グンダーマン:だって僕は彼らの一味じゃなくて共産主義者だったんだ。
担 当 官:ブタじゃなくたって共産主義者にはなれるがね。これは人格の問題だ。
時を同じくして、グンダーマンをずっと取材し続けていた若手記者がシュタージのファイルを探し出し、その内容から彼の正体を知る。グンダーマンは西側に脱出しようとしていたバンド仲間や彼の知人の言動を、詳細にわたってシュタージに報告していたのだ。このことを問い詰められたグンダーマンは、「そりゃそうだよ。だって彼らはこの国に必要な存在だったんだから。出国ビザだって申請できたのに」と答える。嘘がバレたときの即答も相当なものである。日本で政治家になれそうだ。つれあいのコニーの方も、「あなただって体制には反対してなかったじゃない」と記者に食ってかかってグンダーマンを援護するが、記者は「そのとおりよ。でも私は少なくともそのことを恥じているわ」と答えて去っていく。
グンダーマンは、深いところから反省することができない人間である。何かが欠けている。裏切った友人を訪問して謝ったりはするが、心の底から悔恨しているようには見えない。誰に訊かれても「シュタージに何をしゃべったか覚えていない」と繰返し、シュタージとの関係についてしつこく問われるとそれには答えず、決まってまったく関係のない話を始める。記者とのインタビューでは「私は間違っていないし謝らない」と言い張り、「何を一番後悔しているか?」との問いには、「自分を欺いたことだ」と答える。とにかく”自分”なのだ。”人としてやってはいけない事は何か”、ということを自問できない主人公の姿をえんえんと見せられる歯がゆさが何ともいえない。
後味もあまりよくないが、その割には2時間も疲れずに鑑賞できるのは、挿入されている歌の数々が楽しめるからだろう。グンダーマンの歌は仕事の歌だったり女性の歌だったり社会正義の歌だったりするが、どれもなかなか魅力的だ。「人生の機微をこんなに味わい深い詩で表現できるんだから人徳のある人にちがいない」、などという思い込みを見事に裏切ってくれるシンガー・ソングライター、グンダーマン。多分この映画の核心はそこにある。「すぐれた芸術家が人間としてはクズであることもしばしばある」、という現実を若い人々に知ってもらうのにはぴったりの映画なので、日本でも公開されるといいなと思っている。なお、ドイツTVの犯罪ドラマ、『犯行現場:ミュンスター』シリーズで主任警部を演じて非常に人気の高いアクセル・パール(Axel Prahl)がシュタージ役で登場している。













