ドイツ映画『コリーニ事件』(2019年)は、ナチスの犯罪に関する時効問題をあつかったフェルディナンド・フォン・シーラッハの同名ベストセラー小説(2011年)の映画化だ。主役のカスパー・ライネンを演じるのは、エリヤス・エムバレク(Elyas M’Barek)。トルコ系の若手弁護士という設定を、魅力的に演じている。そして冒頭のシーンで、澄みきった青い空のような目のアップを見せてくれるのが、往年のマカロニ・ウエスタン俳優、フランコ・ネロである。なかなかいい年寄りになっている。

512px-Franco_Nero,_36th_Fajr_International_Film_Festival_(86250)

Franco Nero, 36th Fajr International Film Festival. 20 April 2018

 推理ドラマなので、世間でよく言われる「ネタばれ」は避けたほうがいいだろうとは言っても、原作はすでに翻訳されて日本でも出版されている。映画の結末を知っている人も多いとは思うのだが、日本でも近々公開されるであろうことを想定し、プロットの説明は前半部分に限定する。ダイナミックな展開をみせる後半については、あえて筋を追わず、むしろシーラッハが描こうとした問題点、事件当時存在したドイツ司法の抜け穴について触れたいと思う

 

(1)映画について

 産業界の大物が、ベルリンのホテルで殺された。容疑者ファブリチオ・コリーニの国選弁護人になったカスパーは、被害者の名前がハンス・メイヤーだと知って、大いに悩むことになる。というのは、母子家庭出身の貧しいカスパーの面倒を見、弁護士になるまで援助してくれたのが、他ならぬメイヤーだったからだ。メイヤーの孫娘であるヨハンナとは甘い思い出もあったのに、今回殺人犯の弁護を引き受けたことで、関係がぎくしゃくしてしまった。さらに、犯人のコリーニはひと言もしゃべらないまま判決を受け入れるつもりらしい。こうして始まった法廷ドラマは、犯行動機がわからないまま進行する。

 

 コリーニについてわかっていることは、独身のイタリア人でシュツットガルトに30年ほど住んでいる、ということぐらい。取調官にも弁護士にも無言のままだ進展のない面会を続けていたある日、カスパーが父親とうまくいっていないことを知ったコリーニが、初めて口を開く。「父親を大事にしろ」と。カスパーは長年没交渉だった父の助けを借りて、ルードヴィヒスブルクにあるナチ犯罪真相究明局の膨大な資料を解読する。コリーニの過去に深い事情があると推測したカスパーは、ピザ屋で出会ったイタリア語を専攻する女学生を通訳に雇い、イタリア北部に位置するコリーニの故郷、モンテカティーニを訪ねる。そこには、コリーニ家に起こった忌まわしい事件を知る老人が住んでいた。この老人が法廷に現れたことで、裁判は思わぬ方向に展開することになる。

 

(2)1968年のドイツ刑法50条2項改定と「裏口からの恩赦」、いわゆる「ドレーヤー法」

 

 事件の背景を理解する鍵は、いわゆる「ドレーヤー法」(das Dreher Gesetz)である。戦後ドイツでは、ナチス支配下での数々の犯罪をどのように裁くかが大きな課題だった。時代が変わっても、それまで独裁を支えてきた有力者たちの多くが、戦前と変わらぬ力関係を地域社会で維持しようとしたのも事実である。彼らにとっては、とりあえず過去の犯罪を無効化できる法の整備が重要になる。1968年、刑法50条2項が改定された。これには当時、連邦司法省刑法部長であったエドヴァルト・ドレーヤーが深く関与していたとされ、いわゆる「ドレーヤー法」と呼ばれている。この改定が問題なのは、謀殺と故殺を振り分けることによって、「命令に従っただけの殺人」に対する罪を軽減したことだ。これにより、ナチス時代にユダヤ人やロマ、占領地住民などを殺害した場合でも、「実行行為者に犠牲者に対する憎悪がなく、単に命令に従った場合は処罰にあたらない」という法律の抜け道ができてしまった。さらにこの場合、時効が30年から15年に短縮されるので、ナチ支配下での「故殺」事件については訴追も不可能となった。事実上、残虐行為の実行行為者が多数、無罪放免になったわけだ。

 

 映画の舞台のひとつであるイタリア北部では、事件がおこったとされる1944年当時は、パルチザンが占領ドイツ軍に対してレジスタンスを繰り返していた。レジスタンスに参加しようがドイツ軍に協力しようが、地域住民には過酷な運命が待っていた。だがそれも昔の話だと、表面上は忘れ去ったかのように暮らしている現代人を襲う、記憶をよみがえらせる殺人事件。映画では歴史の非情さが被害者、遺族、加害者、親族、法の番人などの行為を通じて浮き彫りにされる。

 

 ドラマの中で、原告代理人である刑法学者、マッティンガーの名前が50条2項改定関連書類のなかにドレーヤーと連名で出てくる場面がある。司法のイデオロギーと現場と、そしてそれによって人生を左右される犠牲者がつながる場面だが、ちょっと地味なので見逃がすかもしれない。

 

 なお、シーラッハのこの小説発表を受けて2012年、ドイツ法務省は「ナチスの過去を調査するための独立学術委員会」を設置した。また、配給会社(Constantin FIlm)は映画『コリーニ事件』を、学校授業における16歳以上のドイツ史や法律、文学などの学習に適していると推奨し、指導用パンフレットを作成している。今回、刑法50条2項に関する記述では、この指導用パンフレット、および《立命館法学》2018年3号の資料:『刑法によるナチの過去の克服に関する3つの論考――ヨアヒム・ペレルス,ミヒャエル・グレーヴェ,トム・セゲフ――』(本田稔訳)などを参考にさせていただいた。もしここでの記述に不正確な点や不備があれば、当ブログ筆者の非力によるものである。


映画トレイラー(Youtubeより。右下の▢で大画面になります)

DER FALL COLLINI Trailer German Deutsch (2019)





コリーニ事件 (創元推理文庫)
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2017-12-11